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karotousen58のブログ

「変なことを思い出す→そのことについて、変な見解を述べる」というブログ

謝罪は本当に難しい 4

・逃げることが極めて困難、或は、一応可能だが逃げた場合には多大な不利益を被る危険性が大きい場で

・地位や権力が非対称な関係の、圧倒的下位にあって

・徹底的な自己否定を反復継続することを強要される

場合の謝罪が、一番難しいと私は思う。

謝罪は本当に難しい 1 - karotousen58のブログ

で書いた、「無実でも自白してしまう、冤罪が生まれるメカニズム」の環境と似ている状況だ。

この状況下では、「謝罪や反省の色がほとんどない」というふうに、地位や権力が上位にある相手に思われるのも危険である。かといって、「自己否定の闇にはまり込んだ状態で、謝罪や反省を続ける」のも危険である。

 

「普通に暮らしていたら、自白を強要されるような事態になんかならないだろ。心配性だな。もっと有意義なことを考えろ。」という反論があるかもしれない。

しかし、「普通の暮らしをしていても、自己否定の闇にはまり込む危険性と隣り合わせの状態になる」場合も、実は意外とあるんじゃなかろうか。と私は思う。パワハラ、モラハラ、自殺者数の報道などを聞くたびに。

 

「人の置かれている立場」や「感情」は、実は恐ろしいパワーを持っていることがある。

普段は適切な判断ができているという人でも、強い怒りや悲しみなどに振り回された状態で不適切な判断をしてしまうということが、ありうる。虚偽自白と、この不適切な判断とは似ていると思う。

 

『心はなぜ不自由なのか』(浜田寿美男 著 PHP新書)という本の、私なりの解釈は、次のようになっている。

 

・冤罪が認められた事件でなされた自白の多くが、いわゆる拷問なしで引き出されたものである。取調室の中で築かれていく人間関係が、大きな意味を持ってくるということである。

・取り調べの場では、事件とは直接関係のないこと(例えば、過去の出来事や身近な人との関係のことなど)まで話題にされ、責任を追及されたり罪悪感を刺激されたりする。そしてこれが何度も繰り返される。

・「時間的な展望が持てない」という要因も大きい。「いついつまでがんばったら、解決する」とわかっている場合とそうでない場合では、影響力が大きく異なる。

・自白に落ちてしまってからは、「虚偽自白に基づいた犯行ストーリーをどんどん語っていく」という事態になってしまう。「実際にはやっていないのだから、犯行の筋書きなんか言えません」などと語ることは困難である。

 なぜならば、「言えません」と主張することは、もう一度否認に戻ることすなわちそれまでの辛い状態に戻るということだから。こうして、「実際には犯行をやっていないにもかかわらず、自発的に(←ここ重要)犯行ストーリーに自分自身を合わせてしまうようになってしまう」事態が生まれる。

「話せば話すほど、自分がどんどん犯人らしくなっていくように思えた。」という言葉は、虚偽自白をした人からよく語られる。

→冤罪や虚偽自白とまではいかなくても、地位や権力が圧倒的に上位にある人から執拗に、「人格否定や、言動についてを否定される」ことがなされた場合も似たようなことが起こりうる。「そうさ、自分は人格が異常でまともな言動のとれない極悪人なのさ」と自己規定をしてしまう。そして、その後何か諍いが起こった場合にまで、「自分は極悪人なのだから、自分が悪いのだ」という自己規定を強化してしまう。

・人間は、他者からの語りかけや交わりからは自由にはなれない。

 取り調べの場において、生殺与奪の権限は被疑者自身にはなく、取調官が握っている。取調官は通常二人で、一人は厳しく迫り、もう一人がやさしくフォローするという役割分担で、責めるだけではなく支え、アドバイスをしてくれるので、そのアメとムチで被疑者は次第にその場の関係性に迎合していくようになる。

 冤罪事件で無実の人が追及を受けるときも、被疑者は取調官を敵だと思って突き放してみることができれば自白に落とされないのだがそれができない。相手が悪意で自分を陥れようとしているのではないとして、まじめに向き合えば向き合うほど、相手の語りかけからは自由になれない。

 

こうして「虚偽自白や極悪人という自己規定」がなされるのだが、これらは、本人が本当に納得して得たものではない。「否認に戻ることもまた、辛い状態に戻ること」だからなされたものである。

つまり、謝罪は本当に難しい 3 - karotousen58のブログで書いた、「本人の心の中にある否定的な感情に蓋がされた」状態で、「虚偽自白や極悪人という自己規定」がなされることになる。

 

このような状態での謝罪は、行う人も受ける人も、「人の置かれている立場や感情は、ときとして恐ろしいパワーを持つものだ」ということを意識する必要があると思う。

それを意識しないまま、「謝罪スキルをアップさせなければならない。謝罪になっていないと他の人に思われるのは、相手の気持ちを考えずにやっているからだ。」という類の助言がなされたら危ないと思う。

 

(ひとまず完結)