karotousen58のブログ

「変なことを思い出す→そのことについて、変な見解を述べる」というブログ

いろはかるた

いろはかるたを、最近はあまり見かけない。近所の店に行っても、あるにはあるが目立たない。「子供向け、ことわざかるた」や「子供むけ、四字熟語かるた」のほうが目立っている。「試験によく出る」と謳われたものが。百人一首は根強い人気を持っているようだが。

 

私が義務教育を受けていた1970年代、年末が近づくと、いろはかるたをよく目にしたものだ。

近所の駄菓子屋にいろはかるた(犬棒かるた)が置かれるようになって、「正月が近いな」と子供心にも思ったものだ。小学生向け学年別雑誌の付録にもあった。

「読み札に書かれている文に、特別な意味が隠れている」ということが、子供時分の私には奇妙なことに思えた。例えば、「京の夢大阪の夢」という読み札は、当時の私には「言語明瞭、意味不明瞭」に思えた。

百人一首も、駄菓子屋や小学生向け雑誌の付録にあった。しかし、当時の私には、百人一首よりもいろはかるたのほうが魅力的に思えた。百人一首には、恋愛関連の歌が多い。精神的に成長の遅れた子供だった私には、百人一首の魅力がわからなかった。

「いろはかるたの読み札について詳しく説明した本を、読んでみたい」と、小学校5年のときに話したことがある。そのときの、親や担任の返事は「高学年にもなって、いろはかるたは幼稚。百人一首に興味を持つくらいでないとダメ」だった。

「いろはかるた読み札に書かれていることわざの意味を、きちんと理解している」と自信たっぷりに言える人って、いったいどのくらいいらっしゃるのだろう? 私なら言えない。

「タイトルに『いろはかるた』が入っている、子供向け解説本」を、当時探したことがある。しかし、見つからなかった。残念だと思った。

 

百人一首を使った勉強法」は、いろいろな場でいろいろな人に発表されている。しかし、「いろはかるたを使って勉強」という話は、ほとんど聞かない。

試験とは無関係に、ことわざや故事成語や格言の類に興味を持ったことのある人って、少数派なのだろうか? 近所の店にある、子供向けの「ことわざかるた、四字熟語かるた」には、「試験に出る」というアピールが前面に出されている。

試験がモチベーションに関係あるかないかは別として、「ことわざの勉強というものもある」と認識するきっかけとなったものは、他の人の場合は何なのだろうか? 気になる。

ことわざには、矛盾する意味を持つものも多くある。「二度あることは三度ある」と「三度目の正直」など。

また、一つのことわざに複数の解釈が存在するものもある。「犬も歩けば棒にあたる」など。

ことわざに隠れた背景がどんなものなのか? ということを、考えてみるのも面白い。

これらの「矛盾する意味」や「複数の解釈」や「背景」については、いろはかるたで遊んでいた当時は全然頭になかった。当時は、「読み札を覚えよう」という気もなかった。後になってから意識するようになった。

「いろはかるたという遊びで、ことわざの存在をたくさん知った。そして、不思議だとか面白いとか思った。わくわくした。」ことが土台となって、後からの意識につながっていったのでは? と私は思っている。

 

大人になってから、「いろはかるたは複数ある」と知った。

かるた - Wikipedia

私が過去にふれたいろはかるたは、江戸いろはかるたをベースにしたものだったようだ。

 

岩波 いろはカルタ辞典

岩波 いろはカルタ辞典

 

 

 

ことわざで遊ぶいろはかるた (ほたるの本)

ことわざで遊ぶいろはかるた (ほたるの本)

 

 これらの本を読みたくなった。昔の私のような子供が、手に取ることができたらいいのだが。