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karotousen58のブログ

「変なことを思い出す→そのことについて、変な見解を述べる」というブログ

小学校算数「割合」を、私はどうやって勉強していたんだろう?

 

800円の5割を800÷2と求めては駄目なのか? - Togetterまとめ

私が「割合」を習ったとき、分数や小数と関連させて図示して考えてみる→「割合」に関するイメージを持つ という方法をどこかで知った(授業かそれ以外でか不明)。イメージで捉えたら「2で割るのは自然」と思えるが。

2016/11/13 01:26

 あれれ、ブコメでは「2で割るのはアウト。飛躍があるから。」派が意外と多いんだな。

1.私が採点者だったら、「『手続き的に公式に数字を入れて計算』も間違いではないけど、『800円の5割ということは、800円の半分だな』とイメージできていたらもっとうれしいな。」と思って採点するぞ。

2.「5割という言葉から、すぐに半分をイメージ。2割や2割5分からもすぐに、5分の1や4分の1をイメージ。3割という言葉からすぐに、『3分の1より少し小さいな』とイメージ。」これらの感覚って、結構重要だと私は思うのだが?

3.元記事では、「800×0.5と書くのは一般的だが、800÷2と書くのは途中式の省略であり好ましくない。」という意見もみられる。ここで「×0.5」という表現が出てきたことにも疑問あり。

「100分の50(注 これを分数で表記)をかける」という表現(小数ではなく分数を使う表現)のほうが、割合についてイメージしやすいのでは? 小数を使うように指導があるのだろうか? この「一般的な書き方」だけを教えられたら、小5(注 私は「割合」をこの学年で習った)時代の私なら理解できなかったかもしれない。 

と、元記事とブクマを読んで私は思った。

 

子供の頃を思い出すに、私はこの「一般的な書き方」をしていなかったと思う。分数を使って解いていた。複雑な問題になったら、図を書いて考えることにしていた。習いたての頃は、簡単な問題でも、分数に変えて図に書いていた。「図を書いて考える」ことを何度かやっていて、2.で書いたイメージがすぐに頭に浮かぶようになったのだと思う。

また、「割合」に関連したことは日常生活でもよくでてくる。

・テレビのスポーツニュースで「プロ野球の順位表です。○○(注 チーム名)は今日勝って、勝率を5割としました。」とアナウンサーが話した。→「○○の勝ち数と負け数を見て、『確かに半分だ』」と思った。

プロ野球開幕戦で4打数1安打だった選手がいた。この時点での打率は2割5分と新聞に出ていた。→「確かに4分の1だ」と思った。

・スーパーのお買い物上手コーナーに、値引きシールの貼られた品物が置かれている。それを見て、「2割引シールだから、××円安くなる」と思った。

等といった、「日常生活と関連させて、無意識のうちに学んでいた」という経験も重要だったと思う。

 

「図を書いてみる」「小数ではなく分数を使う」「日常生活と関連させてみる」という方法を、私は何処で知ったのだろうか? 教科書や授業で扱われていたのか、児童書で知ったのか、はっきりと覚えていない。

「公式があります。公式を使って解けないようじゃ理解したとはいえません。」的な方針だけでこの単元を勉強していたら、おそらく私は割合の計算ができなかっただろう。そして、この単元が嫌いになっていただろう。

そういえば、小学校高学年の頃、算数ノートのことで担任や親によく怒られていたな。

「算数の問題を解くときに、図を書いて考える」という方法を、当時の私もよく使っていた。しかし、私は絵が下手すぎた。私の書いた図を見て、担任や親は怒った。「そんなノートは幼稚だ。やめろ。」と。親は更に続けた。「いちいち図なんかかかないと、解けないのか。」と。

ただ、私は運が良かった。当時読んでいた子供向け雑誌に、算数文章題に関する記事が出ていた。それを読めたのは運が良かった。記事には次のように書かれていた。

「問題文を読んだだけでは何をどうやっていいかわからない難しそうな問題でも、図を書いて考えると分かりやすくなることがあるよ。図を書いて考えていくうちに、力がついていくものだよ。授業で習ったことを他の事柄と関連させて考えてみるのも、力をつけることにつながるし楽しいよ。」と。

この子供向け雑誌が大好きだった私は、担任や親の言葉よりもこの記事を信じることにした。もしも、この記事を読む機会がなかったら私はどうなっていたのだろう? この記事を私に届けてくださった方々に感謝する。

 

日常生活と関連した学びや図を書いて考えた経験を重ねていって、「テストのときも、2.で書いたイメージを使って計算する習慣がついてしまった」子供って、いないんだろうか? 

「そういう習慣がついて、テストでもそれを使って解いた」ことを「表現力がない」「これじゃ算数のテストではない」と解釈されたら、私なら残念に思う。

もしも誤答とされたなら、「きちんとした計算方法がわかっていないのに、経験則で答えた結果オーライの答案」と決めつけないで、フォローする必要があると思う。