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karotousen58のブログ

「変なことを思い出す→そのことについて、変な見解を述べる」というブログ

今週のお題「人生に影響を与えた1冊」

今週のお題「人生に影響を与えた1冊」

 

私の人生に影響を与えた本は、『不動産取引紛争事例集』である。

これは不動産業界の団体が出版している本で、おそらく、一般の書店では買えないものと思われる。

業界関係者以外のかたが不動産取引の紛争事例について調べる場合は、一般財団法人不動産適正取引推進機構というサイトの、「紛争事例研究」や「不動産トラブル事例データベース」を利用できる。

この本には、業者の違法行為や過失事例がたくさん出ている。

一読して、「業者の悪意が感じられる、違法行為集」という感想を、私は単純には持てなかった。

「ひょっとしたら、業者の従業員には悪事を働く意図はなかったのかもしれない。従業員としては次にあげるような状態だったのかもしれない。」と思ったのだ。

業者にも客にもいろいろな裏事情があり、思惑がある。そして、物事にはなんらかの意味が隠れていることもよくある。

それらを、従業員がうまく察せなかった。つまり、従業員が、何が危険かわからない状態だった。

結果的に、違法行為とか重過失とかいう判定が下された。

という状態と。

 

例えば、法令上の制限について、役所へ調査に行ったとする。後日、同じ部署の他の人に同じ質問をすると、解釈の異なった回答がなされる場合もある。

ここで、「役所への調査を1回のみで済ませたが、そのときになされた説明が間違っていた。それが原因で紛争となった。」という場合にどうなるか? 答えは「質問の仕方がまずかった」とか「1回で済ませたのがまずかった」と解されるケース多しである。「役所が言ったから」では通用しない。

売主が嘘をつく場合もありうる。その場合も、「売主が言わなかったから悪い」では通用しない。「業者の質問のやりかたがまずかった。近所からの聞き取り調査なども怠っている可能性あり。」と解されるケースが多い。

役所で入手できる書類のコピー等も、鵜呑みにはできないシロモノである。登記に公信力がないのは有名な話。水道管やガス管等の配管図も、「いったい、いつの時代の図面だ?」と思わせるものがあったり、「現地とは大違い」の場合も多々ある。「書類や図面にはこう書いてある」は、言い訳にはならない。

「悪質な賃借人が、架空の連帯保証人をでっちあげる、誰かをなりすましにして連帯保証人に仕立てる。」のも、よくある話。本人確認を念入りにする必要がある。紛争となった場合、「架空の保証人でっちあげとか、なりすましとか、そういう悪事についての想像力がないから、賃借人を信用して運転免許証などの確認をしなかった。」などと言っても、言い訳にはならない。「人を信じたから」ではなく「軽率な行為」とみなされる。

また、「被害者が泣き寝入りをしてしまう」と、「紛争事例」にはならない。従業員が「自分ならおとなしく泣き寝入りをしてしまう」という発想の強い人だったら、「相手が泣き寝入りをするだろう」という発想に陥ってしまうかもしれない。そしてその結果、紛争へということもありうる。

 

「正直とか人を信じるとかいったきれいなお話で思考停止してしまうのは、危険なことだ。裏事情やいろいろな人の思惑、物事の意味などをしっかりと考えて行動しないと危ない。自分が傷つくのみならず、加害者となる危険性もある。また、安易に泣き寝入りをするのはまずい。」と、この本を読んで思った。

ただ、「説明不足を警戒しすぎるあまり、説明文書が膨大になってしまう。→客にとっては、説明を受けた気になれない・混乱する。」という事態が起こりうるのもまた、事実である。バランスが難しい。

 

最近の紛争事例を調べると、「業者側にとって厳しい判決」が増えているような気が(私は)する。

阪神淡路大震災が取引に影響したのだろうか? 震災で、不動産関連でも悔しい思いをした客がたくさんでてきたと思われる。おそらく、客も不動産や法律などの勉強を熱心になさったのだろうな。と私は思った。

 

「正直とか人を信じるとかいったお話で思考停止」「不動産や法律などの知識」は、学校や世間の話題などではほとんど意識することがないテーマに思える。それらを意識するきっかけとなったこの本は、私の人生に影響を与えた1冊である。