karotousen58のブログ

「変なことを思い出す→そのことについて、変な見解を述べる」というブログ

フルーツコーナーの謎と冷蔵庫の鍵

今週のお題「フルーツ」

店のフルーツコーナーを私が意識するようになったのは、去年のゴールデンウィーク直前からである。
去年のゴールデンウィーク明けに、冷蔵庫の扉に取り付けるためのワイヤーロックを買った。過去にブログでも書いたことがある。

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ワイヤーロックを取り付けるまでは、フルーツを買うことをほとんどあきらめていた。だから、フルーツコーナーを素通りすることはザラだった。
買ってすぐに全部食べなかったら、家族の盗み食いによって二度と食べられなくなるという状態だった。
冷蔵庫に鍵をかけたら、フルーツを楽しめる。
ワイヤーロックを買う直前、スーパーマーケットのフルーツコーナーにはルビーレッドキウイがあった。「ルビーレッドキウイ?何、それ?ワイヤーロックが届いたら買うぞ。」と思った。
ルビーレッドキウイの販売期間は、とても短い。ワイヤーロックが届いたのはゴールデンウィーク明けだった。そのときにはルビーレッドキウイは無くなっていた。がっかり。

店のフルーツコーナーを意識することが、ここ30年ほどは無かった。
久しぶりに見ると、浦島太郎になった気分である。
30年前には見なかった「フルーツ名」が、たくさん視界に入ってくる。
紅まどんな、レインボーレッドキウイ、ジャクソンフルーツ、ぐんま名月、等々。
これらの「謎のフルーツ」、食べてみたい。
だが、やはりお値段が……というか、貧乏人の私にとっては、フルーツじたいがぜいたく品である。
また、これらの「謎のフルーツ」は、えてして販売期間がとても短いものである。
謎のフルーツを食べる機会に恵まれない。

謎のフルーツ話でもうひとつ。
30年前は、「輸入フルーツ」「国産フルーツ」をあまり意識しなかった。
久しぶりにフルーツコーナーを見て、「この、見聞きしたことのない名前、輸入フルーツだろうか?」と思うことがしょっちゅう。
出回る時期が、国産フルーツと輸入フルーツで少し違うようだ。
また、「時代によって流行の品種も違ってくるようだな」とも思った。

昭和時代なら、ぶどうの品種といえば、「巨峰、キャンベル、デラウェア、マスカット(アレキサンドリア)」といったイメージを私は持っていた。昭和50年代半ばあたりから、「ピオーネ」も出回るようになった。
去年、国産ぶどうの旬を過ぎたころに、店で「レッドグローブ」「スチューベン」というぶどうを見た。何じゃこりゃ?と思った。
ここ数年(否、もっと前からかもしれない)は、「シャインマスカット」の人気が高いようだ。その影響を受けたのか、私の生活圏で「アレキサンドリア」は、贈答品のイメージが強くなったような気がする。

神経質にならず保存可能なレトルトぜんざい

今週のお題 「ストックしているもの」

我が家にストックされているもの、それはレトルトぜんざいである。
父のおやつ用にストックしているのだが、非常用の備蓄食料としても役立つかもしれない。

父は甘党である。そして、認知症による過食も、しょっちゅうやらかす。
だから、父のおやつ用として大袋菓子や5個入り饅頭の類を買うことは危険である。
レトルトぜんざいなら、「一袋だけ渡して、他の商品は私の部屋で一時的に保管」ということがやりやすい。

レトルトぜんざいは、常温で保存可能である。「何度以下で保存」などのいろいろな条件に対して、神経質にならなくてもよい。
賞味期間も結構長い。とあるメーカーのサイトを見たら、2年間となっていた。
レトルトぜんざいは、封を開けて、すぐにそのまま食べることもできる。夏は冷やして、冬は温めて食べてもよい。特別な調理器具は不要である。
機械音痴で電子レンジやガスコンロ等の使えない(というか、使わせるのは危険)父も、食べたいときに食べることができる。
保管の際に注意することは、賞味期限程度である。これは、(少なくとも、甘党の人にとっては)非常用の備蓄食料にもなりうるのでは?と思う。

レトルトぜんざい、とあるメーカーで「2025年秋冬新商品」が出された。
「ワンランク上の栗ぜんざい」と「さつまいもぜんざい」である。栗ぜんざいは期間限定商品である。「さつまいもぜんざい」は、初めて見る商品である。
これらの新商品を売っている店は、私の生活圏では一つだけである。メーカー希望小売価格は税別250円。
レトルトぜんざいの価格、私の生活圏では、最も安い店で税込み98円。本体価格98円ならば良心的だと思える、そういう状態である。
「高いなあ」と「売り切れてしまったら、二度と手には入らないだろうな」という思いが同居した。「手に入らないだろうな」が勝ってしまった。新商品2つとも、父がGET。

私の住んでいる地方では、正月の雑煮が「小豆雑煮」とよばれているものである。
これは、「限りなくぜんざいに近い」ものである。
最近では、レトルトぜんざいを使って「小豆雑煮」にする家庭も増えてきたらしい。
だから、私の生活圏では、毎年12月はレトルトぜんざいがよく売れる。
「売り切れて買えなかった」となると、父の機嫌が悪くなりそうである。
売れ行きや価格が気になる12月である。

謎のカレー

今週のお題「カレー」

私にとって謎のカレー、それは、1978年頃に売られていた「S&Bママチャップカレー」である。
私の住んでいた田舎では実物を見ることがなかった。CMは強烈だったのだが、味がわからない。ケチャップでも使っているのだろうか?
身近な人からは、「何それ、知らない。」か「CMは微かに覚えているけど、このカレーは食べたことない。」といった内容のコメントしか聞いたことがない。
姉妹品として「ハヤシ」もあった。こちらも謎の食品。

カレールーと具材との相性?

今週のお題「カレー」

「具の多いカレーが嫌いだ」というコメント、いろいろな場で見聞きする。
特に、じゃがいも入りカレーで好き嫌いが分かれるようだ。
私がうちでカレーを作るときは、「玉ねぎ、じゃがいも、にんじん、肉」を入れるようにしている。
私の親が野菜嫌いである。どうやら、「草を食べているようで嫌」という感覚を持っているようである。
私の親に野菜を食べさせるには、「出汁やスパイスを使って、草を食べているような感覚を減らす」しか方法がなさそうである。カレーという料理では、この策が使える。

10年ほど前だったか、じゃがいもの値段がとても高くなった時期があった。
「じゃがいもは買いづらい。だが、何とかして野菜をあと1種入れたい。」と思った。そこで、苦し紛れにかぼちゃを使ってみた。
私の親は、いわゆる「子供舌」の持ち主でもある。甘口のカレールーしか使えない。
甘口のルーで作ったかぼちゃカレーは、激甘だった。「2度目は無いな」と私は思った。

その数年後、とあるスーパーのくじ引きで、店長賞なるものが当たった。賞品のうちの一つが、中辛カレールーだった。「中辛か。私は好きだけど、どうせ食べてもらえないだろうな。」と思った。
誰かにあげるしかなさそうだ。だが、私の身近な人には、中辛カレールーは人気がなかった。「うちは還暦を過ぎた夫婦の二人暮らしだから、カレーは作りにくい」「うちの子は辛口を食べたがる」といった調子。
「この中辛カレールー、どうしよう?」状態が、賞味期限直前まで続いた。

賞味期限の直前、偶然にも、かぼちゃが安くなっていた。
そのとき、私の頭の中に、「過去の失敗作、かぼちゃカレー」が浮かんだ。
そして、「ひょっとしたら、かぼちゃカレーなら食べてもらえるかもしれない」と思った。試しに、作ってみた。
結果は完食だった。親からの苦情も無かった。私も、「中辛なら結構いける」と思った。
「失敗作としか思っていなかったものが、意外な場で意味を持つこともあるのだな」と、驚いた。

盗み食いの対策:冷蔵庫ワイヤーロックの効果と課題

今週のお題「現時点で今年買ってよかったもの」

現時点で今年買ってよかったもの、それは「冷蔵庫ワイヤーロック」である。
過去に何度か、このブログで書いたが、私の父は「盗み食い」の常習犯だった。
その対策として買ったものである。

現段階では、冷蔵室以外では盗み食いができなくなっている。
だが、この商品、耐久性に関しては未知数の状態にある。どのくらいの期間、使えるのだろうか?
ワイヤーロックではないベビー用のものなら、安価で容易に手に入る。私も過去に使ったことがある。
だが、そのタイプのものは、一日に何度も使っていたらすぐに壊れた。ハサミを入れられても、おしまいである。

もう一つ問題が。野菜室や冷凍室に関しては上手くいった。だが、チルド室にはサイズが合わなかった。
「冷蔵庫全体に鍵をかける」となると、父がヨーグルト等を買っても保存ができなくなってしまう。「『チルド室、野菜室、冷凍室』以外は使える」という落としどころを考えていたのだが、うまくいかないものだな。
ソーセージや(加熱して食べる)チキンナゲットの類を、チルド室に入れたいのだが……

父は認知症で、超ド級の機械音痴でもある。ものぐさでもある。電子レンジやオーブントースターのレベルでも、使い方を知ろうとすらしない。
そのため、以前は、「調理器具を使う必要のある食べ物」は、袋麺レベルでさえ手を出さない。「インスタントコーヒーの粉末を湯や水に溶かして飲む」レベルのことすら、やろうとしない。そういう状態だった。
だから、盗み食いに関してはソーセージやちくわなどの「常温での保存ができなくて、すぐに食べることができるもの」だけを警戒しておけば、とりあえず間に合っていた。

ところが、去年頃から認知症の進み方がひどくなった。そして、盗み食いもエスカレートしてきた。
「調理器具を使う必要のある食べ物」や各種調味料にも、盗み食いを企てるようになった。
父がガスコンロを使って鍋を焦がしたことが、短期間で2回あった。だから、ガスコンロのロック機能を使うことにした。
これだと、冷蔵庫内のものに関しては、父は「加熱しない状態のもの」しか食べられなくなる。

そして、父は、「冷蔵庫内にあるものを、生のままで食べる」ことを企てるようになった。
スパゲティの乾麺、うどんやそばの(「ゆで」と袋に書かれている)袋麺、市販の袋入りチキンナゲット(オーブントースター等で加熱するもの)なども、生のままで食べていた。
何故か、麩の盗み食いは、なされない。

砂糖や味噌は、とんでもないペースで盗み食いをされた。
粉末うどんスープやカレールーや他の調味料や「お料理お助け商品」の類は、「湯や水で薄めてスープにしよう」ということになってしまったらしい。
スパゲティの粉末ソースなども、スープにしようとした模様。
ココナッツオイル(温度によって状態が変化。低温では白い固体、夏場は透明な液体。)も、盗み食い。冬には「ミルクを飲もうと思った」と言われた。
「夏になったら、盗み食いはされないだろう」と思った私は甘かった。水飴だと思ったのだろうか?
冷凍食品に関しては、「生魚や生肉や野菜以外は、自然解凍で食べられる」と思い込んでいる模様。加熱が必要な総菜を買うわけにはいかない。


うどん粉末スープなどは、隠して保存することにした。砂糖は、スティックシュガーを、隠して使うことにした。
麺つゆやすき焼きのたれや焼き肉のたれは、ラベルをはがすことにした。
ポン酢だと、ラベルをはがしても無駄である。

うどんやそばの(「ゆで」と袋に書かれている)袋麺を、加熱しないで食べる。しかも、うどん粉末スープの類がない状態で。
となると、父はどのような食べ方をするのか?
答えは、「加熱しない麺に、中濃ソースをかけて食べる」である。
私の発想の、斜め上を行っていた。


ただ単に不味いというだけなら、たいした話ではない。
「麺類やチキンナゲットの類を加熱しない」といった盗み食いは、身体に悪そうである。塩分の取りすぎも心配。
「あっ、夕食作りで使おうと思っていた卵がない。やられてしまった。」という調子で、食材の使用や購入予定が狂うのも、厄介である。


野菜室に鍵をつけたら、とても便利である。
卵や豆腐や油揚げを、安心して使える。味噌の盗み食いもなくなった。
冷凍室に鍵をつけても、とても便利。
アイスクリームの類を安心して食べることができるのは、30年ぶりか。
昔、犬を飼っていた頃、私が犬の散歩に行っている時間帯が「アイス盗み食いタイム」にされていた。


このワイヤーロック、私の生活圏にある店では何故か見つからない。
店員さんに尋ねても、「鍵をつけるとしたら、冷蔵庫に穴をあける」というイメージしかなかった模様。
ネットショッピングサイトで、「認知症 冷蔵庫 ロック」といった感じで検索したら見つかった。
私がネットを使えなかったら、解決策が見つからなかったかもしれない。

コーヒーとジェネレーションギャップ

今週のお題「コーヒー」

1992年頃にコーヒー関連の話題でジェネレーションギャップを感じたことを、思い出した。

「レギュラーコーヒー」に対する感覚が、私より7歳下の友人とは、異なっていた。
その友人の家へ行ったとき、コーヒーを出された。インスタントコーヒーではないということが、すぐにわかった。
「わあ、レギュラーコーヒーだ。すげー。」と私は言った。
すると、私の想像していなかった答えが返ってきた。
「えっ、レギュラーコーヒー、どこでもあるもんでしょ?」と。

私は1960年代半ば生まれ。当時20代後半だった。高校卒業まで、田舎で暮らしていた。
喫茶店以外の場所でレギュラーコーヒーを飲むことは、ほとんどなかった。
私の身近にいた同世代の人も、レギュラーコーヒーを話題にする人は、ほとんどいなかった。
彼(女)らのほとんどにとって、「自分の家で飲むコーヒー」とは、「インスタントコーヒーや缶コーヒー」のこと だったのでは?と、私は想像していた。
私にとってレギュラーコーヒーは、「特別なコーヒー」だった。

後日、その友人と同世代の人の何人かに訊いた。「レギュラーコーヒーって、特別なもの」という感覚ある? と。
すると、「特別感はない」という回答がほとんどだった。
「そうなのか。レギュラーコーヒーやパッケージや器具を見ても、ワクワク感はないのか。」と私は驚いた。

私が初めてレギュラーコーヒーを淹れたのは1980年12月27日だった。当時、私は高1だった。
その年の秋、高校の文化祭の模擬店で、ドリップコーヒーを淹れている生徒を見た。
それを見て、面白そうだと思った。
インスタントコーヒーや缶コーヒーしか知らなかった私は驚いた。「こういうふうに淹れているのか」と。
自分でもやってみたいと思ったのだが、器具も淹れ方も何もかもわからない。器具をどこで売っているのかもわからない。
そのときは、その思いだけで終わった。

そして1980年12月27日、私はとても腹が減っていた。パンを食べたくなって、パン屋に行った。
そのパン屋では、ケーキやコーヒー豆やコーヒードリッパーなどの器具も売っていた。コーヒー豆を挽く大型のミルが店内に備え付けられていた。
器具を買うチャンスを、偶然に得られた。
そして、コーヒードリッパー、ペーパーフィルター、計量スプーン、コーヒーサーバー、パンを衝動買いしてしまった。
その日はクリスマスの2日後。たくさん買ったからなのか、店員さんがケーキもおまけにつけてくれた。

1980年代前半、田舎のスーパーマーケットなどのコーヒー陳列棚では、コーヒー豆が独特な存在感を示していた。「大型のミルが近くに備え付けてあって、インスタントコーヒーとは違うぞ。モカとかキリマンジャロとかたくさん種類があるぞ。」的な存在感。
コーヒー器具を手に入れてからは、陳列棚のコーヒー豆を見たとき、コーヒーを淹れているとき、飲んでいるとき、ずっとワクワクしていた。

レギュラーコーヒーに対して特別な思いを持つ人、今では少ないのかもしれない。
ジェネレーションギャップを感じた1992年頃、「特別な器具を必要としない、カップにのせて湯を注ぐだけで淹れられるレギュラーコーヒードリップパック」は、まだ出回っていなかったと思う。
これらを見かけるようになったのは、前世紀末だったと思う。
当時は、スタバやタリーズもなかった。当時暮らしていた福岡では、ドトールはあったが。
私の住んでいる中国地方では、2000年頃からスタバやタリーズの店舗がオープンした。
そして、「レギュラーコーヒーは、喫茶店で一杯だてのものを飲むもの」というイメージが薄れてきたかもしれない。
高校時代に持ったワクワク感が懐かしい。

エイプリルフールで思い出したこと

今週のお題「4月1日の思い出」

4月1日といえば、エイプリルフールという言葉が頭に浮かぶ。
この言葉、いつどこでどうやって、私は初めて知ったのだろうか?
たぶん、小学校2,3年生の頃に、小学生向け学年別雑誌あたりで知ったのだと思う。

初めて知ったきっかけは、思い出せない。だが、「エイプリルフール」と聞くと、「ドラえもん」という漫画の中の、とある作品が頭に浮かぶことがよくある。
検索したところ、その作品は雑誌「小学四年生」1975年4月号に掲載されたものだった。
初出誌ではタイトルがついていなかった。単行本では「ハリ千本ノマス」というタイトルがついていたということだ。

その作品は、のび太が「ハリ千本バッジ」という道具を手に入れて……というお話である。
「ハリ千本バッジ」とは、「バッジを付けた相手に対して嘘をついた場合、ついた人がその嘘の内容を実行し、本当のことにしないといけないということになる」道具である。
初出時は、確か、次のような話だった。
ジャイアンとスネ夫が、「エイプリルフールでのび太を騙すのはチョロい」と確信していた。
その場にいたしずかが、「喜ばせておいて後でがっかりさせる嘘は、かわいそう。後でほっとする嘘のほうが親切。」という内容のことを言った。
その後、のび太は「ハリ千本バッジ」を手に入れた。
のび太のママが「今月は、おこづかいを増やします」という内容のことを言ったら、バッジが「ノマスー」と叫んだ。そして、ママはお金をのび太に与えた。
ジャイアンやスネ夫も、「喜ばせておいた内容」を実行させられるハメとなった。
その後、しずかがのび太に告げた。「あんたの家が火事よ」と。
そして、しずかは、のび太の家に放火しようとした。
のび太はしずかを止め、「バッジを外してくれ」と叫んだ。

「ノマスー」と「放火しようとするしずか」の印象が大きかったのか、なぜか、この話を今でも覚えている。
「後でがっかりする嘘と、ほっとする嘘。どっちも嫌だよ。親切なんて思えない。」と当時の私も思った。今もそう思う。

検索したところ、この話、雑誌や単行本掲載作品とアニメ版とでは内容が少し違うらしい。
アニメ版は、1994年と2020年に放送された。
1994年版アニメでは、「放火を止めようとしたのび太とドラえもんの頭に、火が燃え移ってしまう」という過激な話になっていたらしい。
2020年版アニメでは、「火事」ではなく、「のび太さんの家に泥棒が入ったの」という話になっていたらしい。
1994年版は、やはり過激か。 それともリメイク?
長期間放送された「まんが日本昔ばなし」では、「タイトルが同じでも、地域によって内容が微妙に異なる話」を、リメイクみたいな感じで放送するケースがあった。
それと似た感じだろうか?

『ドラえもん』は、確か、世界各国で出版・放映されていたはず。
世界各国の中には、エイプリルフールが禁止されている国もある。
それらの国では、この話はどのように扱われたのだろう?