karotousen58のブログ

「変なことを思い出す→そのことについて、変な見解を述べる」というブログ

コーヒーとジェネレーションギャップ

今週のお題「コーヒー」

1992年頃にコーヒー関連の話題でジェネレーションギャップを感じたことを、思い出した。

「レギュラーコーヒー」に対する感覚が、私より7歳下の友人とは、異なっていた。
その友人の家へ行ったとき、コーヒーを出された。インスタントコーヒーではないということが、すぐにわかった。
「わあ、レギュラーコーヒーだ。すげー。」と私は言った。
すると、私の想像していなかった答えが返ってきた。
「えっ、レギュラーコーヒー、どこでもあるもんでしょ?」と。

私は1960年代半ば生まれ。当時20代後半だった。高校卒業まで、田舎で暮らしていた。
茶店以外の場所でレギュラーコーヒーを飲むことは、ほとんどなかった。
私の身近にいた同世代の人も、レギュラーコーヒーを話題にする人は、ほとんどいなかった。
彼(女)らのほとんどにとって、「自分の家で飲むコーヒー」とは、「インスタントコーヒーや缶コーヒー」のこと だったのでは?と、私は想像していた。
私にとってレギュラーコーヒーは、「特別なコーヒー」だった。

後日、その友人と同世代の人の何人かに訊いた。「レギュラーコーヒーって、特別なもの」という感覚ある? と。
すると、「特別感はない」という回答がほとんどだった。
「そうなのか。レギュラーコーヒーやパッケージや器具を見ても、ワクワク感はないのか。」と私は驚いた。

私が初めてレギュラーコーヒーを淹れたのは1980年12月27日だった。当時、私は高1だった。
その年の秋、高校の文化祭の模擬店で、ドリップコーヒーを淹れている生徒を見た。
それを見て、面白そうだと思った。
インスタントコーヒーや缶コーヒーしか知らなかった私は驚いた。「こういうふうに淹れているのか」と。
自分でもやってみたいと思ったのだが、器具も淹れ方も何もかもわからない。器具をどこで売っているのかもわからない。
そのときは、その思いだけで終わった。

そして1980年12月27日、私はとても腹が減っていた。パンを食べたくなって、パン屋に行った。
そのパン屋では、ケーキやコーヒー豆やコーヒードリッパーなどの器具も売っていた。コーヒー豆を挽く大型のミルが店内に備え付けられていた。
器具を買うチャンスを、偶然に得られた。
そして、コーヒードリッパー、ペーパーフィルター、計量スプーン、コーヒーサーバー、パンを衝動買いしてしまった。
その日はクリスマスの2日後。たくさん買ったからなのか、店員さんがケーキもおまけにつけてくれた。

1980年代前半、田舎のスーパーマーケットなどのコーヒー陳列棚では、コーヒー豆が独特な存在感を示していた。「大型のミルが近くに備え付けてあって、インスタントコーヒーとは違うぞ。モカとかキリマンジャロとかたくさん種類があるぞ。」的な存在感。
コーヒー器具を手に入れてからは、陳列棚のコーヒー豆を見たとき、コーヒーを淹れているとき、飲んでいるとき、ずっとワクワクしていた。

レギュラーコーヒーに対して特別な思いを持つ人、今では少ないのかもしれない。
ジェネレーションギャップを感じた1992年頃、「特別な器具を必要としない、カップにのせて湯を注ぐだけで淹れられるレギュラーコーヒードリップパック」は、まだ出回っていなかったと思う。
これらを見かけるようになったのは、前世紀末だったと思う。
当時は、スタバやタリーズもなかった。当時暮らしていた福岡では、ドトールはあったが。
私の住んでいる中国地方では、2000年頃からスタバやタリーズの店舗がオープンした。
そして、「レギュラーコーヒーは、喫茶店で一杯だてのものを飲むもの」というイメージが薄れてきたかもしれない。
高校時代に持ったワクワク感が懐かしい。