因幡の「から方言」
今週のお題「方言」
因幡の「から方言」について書く。「因幡」とは、因幡国(現在の鳥取県東部)を意味する。私の両親は、そこの出身である。
この「から方言」は、鳥取県東部を離れて暮らした経験のない人ならば、方言だと意識することはほとんどないだろう。私自身、大学進学で九州に出て初めて、「他の地域出身者が驚く」表現であることを知った。
共通語では、「~から」は、出発点や経過点を表す助詞として使われる。
例 家から会社まで
しかし、鳥取県東部の場合は、この用法以外にも「動作の行われる場所や場面を表す助詞」(共通語では「~で」)としても使われる。
例 (共通語なら)「会社で働く」
(因幡の「から方言」なら)「会社から働く」
私が中学生だった頃、国語の授業で1年に1回は、この「から方言」について指導がなされていた。
中2のとき、次のような説明がなされたのを覚えている。
1960年代になされていた「全国学力テスト」で、「空欄に適切な助詞を入れよ」という問題(四択)が出された。
動作の行われる場所や場面を表す助詞である、「で」を入れるのが、正解となっていたテスト問題だった。そして、他の選択肢のうちの一つが「から」となっていたらしい。その問題の正答率は、鳥取県だけが異様に低かったということだ。
やはり、「から」を選んで誤答となったものがほとんどだったらしい。
私よりも下の世代の人は、学校で「から方言」に関する指導がなされなかったらしい。「指導があった」と私が言うと、「え、そんなのなかった」という類の言葉しか返ってこない。
私が初めて、九州でついうっかり「から方言」を使った時のことも覚えている。
「昼ごはん、学食から食べるの?」と聞いてしまったのだ。
それを聞いた友人(九州出身)が、「学食で食べたあと、また別のところに行って食べるのか?」と答えた。
「え、ここで何故唐突に、別のところなんて言葉が出てくるんだ?」と一瞬思ったが、すぐに「あ、から方言だ」と思った。
そして、学食では、「から方言」関連で会話が盛り上がった。他の友人は「こいつは学食を食うのか?」と思ったらしい。
1985年、鳥取で国体が開催された。インタビューに答えていた地元の関係者が、「国体が鳥取からあってうれしい」と発言したシーンが放送された。「あ、これ、鳥取県外の人には通じないぞ」と思った。ちょうどそのとき、件の友人たちも一緒にいた。「ほんとに、から方言って通用してるんだ」と驚いていた。
韓流ブームのころ、友人のうちの一人が韓国語の勉強を始めた。その友人が、「あんたの言ってた『から方言』って、韓国語の助詞の『エソ』と似てるんじゃねーの?」と言った。
友人曰く、韓国語の助詞「エソ」も、「動作の行われる場所」と「起点・経過点」の両方を表す助詞ということだ。
「会社で働きます」を「会社エソ働きます」、「会社から帰ってきました」を「会社エソ帰ってきました」という感じで使うらしい(もちろん、「エソ」以外の部分は韓国語表記)。
この「エソ」、韓国語を勉強する日本人が混乱するケースは多いらしい。「鳥取県東部出身者なら、悩まないんじゃねーの?」と、その友人から言われた。
韓国と鳥取県東部で、どうして似た表現になったのだろう? 不思議だ。
「この『から方言』のような方言は、変だと思っても指摘しづらい」という声を聞いたこともある。
「些末な文法的間違いに目くじらを立てる人」と思われたら嫌ということらしい。
こうして、から方言は、「地元民には方言と思われていない状態で使われ続けている、方言」となっているようだ。
こういうタイプの方言、他の地域にもあるのだろうか? 知りたい。